平成28年8月9日、再訪:平成30年8月9日、再再訪:令和3年8月9日
石勝線内には道内5番手の乗車数を誇る駅があった。しかし今は昔。石勝線夕張支線(夕張線)そのものが廃線の危機に瀕している。(廃線になることが決定したらしい。やはりか、という感じだ。300707追記)夕張市本町から少し東に行ったところには、廃線となった夕張鉄道の南大夕張駅跡があった。ここには列車が鎮座しており、客車はなんと明治時代のもの。
木張りの床、木枠の窓・・・たまらない。どこを探しても今は走っていない様な客車がこうやってまじまじと見られるのは大変貴重である。
かつての駅標。地名に「大」の字が入るととてつもない威厳を感じる。しかし、この地域も最盛期の50分の1の人口しか住んでいないのである。古い地図と見比べると家屋の数が激減しているのが伺えた。50分の1とは、想像を絶する程の人口減少であろう。
よく「整備点検済」と書かれた丸いシールがフロントガラスの角に貼られているが、古いタイプのものが貼られていた。このシールの歴史を知りたく調べてもなかなか情報が出て来ない。どなたかご存知でないだろうか・・・
〜ここから再訪〜
前日は夕張付近で寝ることにしていたのだが、夕張で車を駐められそうな広い場所と考えてピンと来た場所が、ちょうど2年前の今日来た南大夕張駅跡がぴったりだと思い、ここで寝ることにした。夜は時々晴れ間があり、星空を多少拝むことはできたものの、夜中は雨が降っていたようで、あたりは水浸しになっていた。
夜は真っ暗で客車内に入るのは怖かったので、出発前にノートを書くついでに車内に立ち寄った。
網棚。いつまでも綺麗に、永くあり続けて欲しい。ここまで自由に、人気のない中で木造客車の中に居られるなんて空間、そう多くはないのだから。
〜ここから再々訪〜
またまたやって来てしまった、図らずも、前回訪問のちょうど3年後の訪問となった。今回は神奈川県民としてではなく、北海道民としてやってくることができた。写真は近くにあるシューパロ湖に沈んだトラス橋。
水に沈んで虚無と化した街。
水中道路。
そしてかつての南大夕張駅構内に残された車両。何度来ても、この木造列車空間は落ち着く・・・。そして前回記入した駅ノートは残っていなかった。意地団体によって、ちゃんと保管してくれていると嬉しいなぁ。