令和8年10月22日

浪江町の請戸地区。太平洋からわずか約300メートルの場所に、東日本大震災で被災した請戸小学校、「震災遺構 浪江町立請戸小学校」として一般公開されている。

水色の外壁をした2階建ての校舎。遠目にはよく見る小学校だが、1階の窓にはガラスがなく、室内がむき出しになっている。


請戸小学校は、明治6年に創立された広業小学に始まる。今ある校舎が完成したのは平成10年3月。かなり新しい校舎だ。完成して13年後に、津波に襲われてしまった。

案内図。


校舎内部。剥がれ落ちた壁、めくれた床板、天井から垂れ下がる部材。ここがかつて子どもたちの声で満ちていた学校とは、にわかに信じ難い。

廊下に沿って見学用の通路が整備されている。


歪みが生じているのが分かる。窓の向こうの青空と穏やかな景色とは対照的な光景が目の前に広がる。

窓際には古びた暖房器具。涙一気にサビが回ったのだろう。

かつてはここに児童の楽しい声が響いていた。


寂しい。



残された「節電」の文字。




巨大な分電盤が倒れていた。これほど重そうな設備まで押し流されるとは、恐ろしい。

給食用のお鍋。



とても良い天気だった。

昇降口がとても広い。驚いた。

体育館の内部。一部の床板が腐って落ちていた。

校舎に残された無数の傷跡は、津波の恐ろしさと、避難判断の大切さを伝えてくれていた。