令和8年10月22日

宮城県山元町の海沿いに残る、震災遺構・中浜小学校を訪れた。平成23年の東日本大震災で津波に襲われた校舎が、震災遺構として公開されている。


こちらの鉄筋コンクリート造の校舎は、昭和63年度に完成したもの。自分が通っていた校舎よりも30年ほど新しく、かなりポップな校舎であることが分かるが、あの日を境に、痛ましい姿になってしまった。

屋根の一部は傷み、1階は窓がなくなっている。津波は、この校舎の2階の天井近くまで達したという。校舎の右上に、津波の到達ラインが示されている。




こちらの壁にも、「津波浸水深ここまで」と記された青い看板があった。今は穏やかな海が見えるのみだが、あの日は海水がここまで押し寄せたのだ。

平面図。緑のところが歩ける。



色んなものが散乱していた。






ガイドの方に案内されて屋上へ上がる。当日は児童、教職員、保護者、地域住民ら計90人が屋上にある屋根裏倉庫に避難し、全員が助かった。

屋上からは太平洋が見渡せた。今日の海はあまりにも穏やかで、美しい。遠くには石巻の牡鹿(おしか)半島が見えた。迫り来る波をここで見るのは本当に恐怖だったと思う。海までの間には、かつて家屋がずらりと並んでいたのだ……。


理科室。



震災後、中浜小学校は内陸の坂元小学校に併設され、平成25年にその歴史を閉じた。





吹き抜けを上から。

失われた日常と、守られた命の両方を語り継ぐ場所なのだと、強く感じた。