略歴・自己紹介
平成7年大晦日・川崎市内で誕生
平成26年3月・横浜市内理数高校卒業
平成30年8月・車で日本一周
平成31年2月・車で47都道府県運転・宿泊達成
平成31年3月・慶應義塾大学卒業
令和元年5月・・栃木県那須塩原市へ移住、ランエボ購入
令和2年8月・・JR線全線乗車達成
令和3年4月・・北海道札幌市へ移住
初めまして。
川崎出身、栃木県民を経て札幌に住んでいる平成7年生まれの旅好きです。知らない街を歩くのが好きで、休みが来れば時間の許す限りに国内のあらゆるところを巡っています。この道気になるなぁ、なんて寄り道をしながら進んでいくので一人で行動しています。友人と行くのも楽しいですが、100%自分のやりたい様に、進みたいように練り歩くには結局一人が一番都合が良い。 そんな私が一人旅で行った場所の写真や感想、旅程表などを纏めたサイトを作ろうということで、ホームページの作成を決意しました。構想当時は、簡単に始められるブログでやろうかな〜とも思っておりましたが、どうせなら自分でホームページを作ってみたい!ブログサービスが終了してしまうような不安は抱えたくない!という事で、ドメインを取得して自分だけのホームページを作ることにしました。元々プログラミング知識も何もないので、平成28年のホームページ開設当初はかなり低レベルなページになっておりましたが、令和4年の大刷新にて、多少はそれっぽいものになってきたかな、と個人的には思っています。
旅好きになったきっかけ
中学1年の夏休みに友人と、何の理由もないが川崎駅から横浜駅まで歩いたのがきっかけで、以後自転車や歩きで色々な場所に行くようになった。中学3年の夏休みにママチャリで神奈川から千葉・埼玉県に行った。炎天下の中友人と自転車を漕いで、未だ知らぬ場所にいくという冒険心くすぐられるあの感覚は一生忘れないであろう。しかし、あの頃の若々しい、輝いていた純粋な好奇心は既に失われつつある様に感じる。 高校時代にも良き友人に恵まれ、彼らと主に電車で様々な場所へ行った。いかんせんお金がないので貧乏旅を続けていたのだが、そのせいもあったのか、今でも非常にお金の掛からない旅を続けている。 鉄道がものすごく好きなわけではなく、あくまでも駅を降りた後の、駅周辺を散歩するのが好きである。が、やはり鉄道は便利だし、車窓はずっと見ていても飽きないものなので、一人旅のついでにJR線の乗り潰しも行っている。
一人旅研究会とは
名前の由来はそのまんま「一人旅」を「研究」する「会」であるからです。「会」といっても、個人でやっているので、一人旅研究所、都下のほうが良かったなぁ、とか、堅苦しいし、ニックネームなんかでも良かったかなぁ、など思わなくもないですが、いまさら変えるわけにもいかないのでこのまま突っ走ります(・ω・)
因みにですが、検索エンジンでサイトの名前を調べた時に他の類似したものが含まれていると埋もれてしまう恐れがあるので、名前を考えるときは、既存の名称と被らないようにした、という経緯もあります。
一人旅と言っても、その形は様々です。どこに行って泊まるかを事前に決めて出発する一人旅もあれば、方面だけ決めて行き当たりばったりの旅もあります。移動手段だって車、バイク、自転車、鉄道、バス、己の足・・・沢山ありますよね。そして目的地での過ごし方も人それぞれです。散歩したり、温泉に入ったり、寺院を訪ねてみたり・・・
どういった目的で一人旅をしているのか、これは一人一人違います。正解なんてありません。他人に口出しをされるものでもありません。「一人旅研究会」で全ての一人旅の形を網羅しているわけではありません。むしろ、ほとんど網羅出来ていないでしょう。私は、予定を立てて、車や鉄道で移動し、風情ある街や秘境駅を散歩したり、雄大な景色を楽しんで次に駅まで歩いてみたり、廃墟を訪れてみたり、鄙びた温泉に入ったりもしております。
そして、私の一人旅で感じたこと、見たことを纏めたのがこのサイトになります。宜しくお願いします!
自分が一人旅をする目的
観光本に載っていない面白い「何か」を紹介したり、「昔の地図には載っているけれどもどんな場所であったかは誰一人として知らない」箇所を減らしたりするのが表向きの目的だ。裏の目的としては、自分が今までに行ってきたところの備忘録でもある。町歩きや国内の様々な場所を探訪する人は世の中に多く居る。しかし、全国の街を歩き較べてみたり、それを様々な媒体で外に発信していく人は少ないのが現状である。この「外に発信する」という行為を行っていかなければ、日々変わっていく街の風景の流れを感じることができず、遠い将来、人がいなくなった地において、過去にその土地がどのような姿をなしていたのかを知っている人・記録が消滅してしまえば永久に分からなくなってしまう。それは寂しいことであり、人間社会の発展経過の一部を闇に葬り捨て去ることを意味する。ストリートビューだけではわからない、その地域の姿が3次元上の空間には存在する。その地には人の営みがあるから家屋があり、集落があり、街がある。その街の営みを、誰かが記録していかなければならない、その一端を担いたい、これが最大の目的だ。
ただ、これは自分が勝手に立てた目的であって、このサイトに記録されている事柄が、記録として万全になっているページは一つもないだろう。だって、民俗学や地質学など、何も知らないもん。そんな人間が記録したって、ただの感想文に毛が生えたものしか書けないに決まっている。様々な分野の研究者が国内には深いところはそういった方々にお任せしたい。私は町歩きを通じて感じた、飽くまでも表面的なことを伝えられるに過ぎない。ただ、大学生が田舎を歩いていれば住民の方も珍しく思って声をかけてくださるし、そういった地域住民との方とのコミュニケーションは面白いし、なるべくこのサイトにも書くことにしている。書いた文章がどのように伝わっているのか、皆様にたりうる情報なのかはわからない。ただ、一つ言えるのは、このサイトから何を感じ取るかは読み手側に全てを任せているという点だ。世に存在する大多数のHPやブログも、きっとたいそうな目的とかを掲げておきながら、結局は読み手側に情報を提供するにとどまり、その先にもう一歩踏み出させるのは数少ないように思う。もちろんこのサイトも、その大多数側に属するだろう。だが、それで良い。それでも良いから伝えたい。そんなもんなのです。
それでは皆様、ごゆっくりとご覧下さい!お茶は出せませんがゆっくりしていってね!
(H30.7.28追記)
何を求めて歩くのか
何故一人旅をするようになったの?と聞かれることがよくある。 略歴で書いたとおり、初めは歩きや自転車で近場の街を散策していた。しかし、近場の街を歩くだけでは物足りなくなって全国の街や様々な地域を歩きたくなってきた。全国の街をただ歩くなんてことを、他の人を誘ってやれるだなんて思ってもいないので、自然と一人で遠くに行くようになった、という流れで一人旅をするようになったのである。中学1年の時に川崎駅から横浜駅まで歩いた。それまでは、電車の窓から見る町の景色は100km/hで流れてしまい、駅と駅の間は文字通り「景色」でしかなかった。東海道線では一駅で10分もせずに移動が済んでしまう区間だが、両駅間は12、3kmも離れている。その区間を実際に自分の足で歩いたことで、鶴見や子安などの街があることを発見し、そして何よりも「道」で街と街が繋がっていることを確認させられた。頭の中で完全に分離されていた「川崎」と「横浜」という街が、この時初めて「つながっている」ことを認識させられた。そうすると、自分の頭の中で「「横浜、鶴見、川崎、小杉、東京」しかなかった断片的な地図を一つの大きな地図にしていきたい、自分の知らない街を実際に歩いて「つながり」を感じたい」と思うようになり、行動範囲を広げながら町歩きを進めるようになった。
それとは別に、自分の中にはもともと「退廃的なもの」に興味関心を持っていた。「退廃的なもの」とは「平成の世にいながらも、前時代の雰囲気を醸している、あるいは感じさせてくれる」という、人間の共通意識の一つである、ノスタルジーを与えてくれるもの・空間のことであると思っている。そのため、廃墟や秘境、廃村などの写真集やブログを読むのは昔から好きで、実際に行ってみよう!と思うようになったのが町歩きを始めてからなので、上手く興味と興味が合わさった形になっている。そのため、このサイトでは全国各地の街(大都市から衛星都市、中小の街、治安や文化など一風変わった地域)だけでなく、廃墟や消滅集落、秘境駅の紹介も積極的に行っている。
この「紹介」という行為も、自分の興味関心から付随して出てきたもので、様々な場所を歩いて「へぇ〜」と関心しているだけではインプットで終わってしまい、社会に対して自分が何も貢献できずに終わってしまう。街を歩いただけでは何もお金は落とせず、なんらかの影響をその地域に与えることはできないので、ある意味では世の中の流行に乗っかっているだけのミーハーなんかよりもよっぽど虚しいものになってしまう。それは嫌だ。なので、ツイッターで散策先を紹介をする一方で、1からHPの作り方を学んで自分だけのオリジナルサイトを作り、加えて電子書籍として本を販売することで積極的にアウトプットをするように心がけている。特に廃村や秘境駅に関しては書き手が少なく、記録を留めておかなければ「昔の地図には載っているけれども、どんな場所であったかは誰一人として知らない」箇所が無数に出来上がってしまう。こういったところにも問題意識を持っているというのも書き手となる一つの理由だ。そして、読み手に臨場感あふれる写真を届けしたいという想いでカメラを始め、全国の末端まで移動するために鉄道や自動車も使うが、ついでに乗りつぶしをしたり、どうせなら小学1年生の時からあこがれていた車で訪れたいということでランサーエボリューションⅦGT-Aを購入したりなど、目標・武器を増やしながら旅をしている。
他にもまだある(まだあるのか)。「街を手中に収めたい」からジオラマを作り、卒業論文や働く場所も思いっきり趣味に寄せてみたりと、完全に自分が「頭の中の地図を広げたい」、「退廃的なもの・空間が好き」の2大柱によって動いているのがよくわかる。図にしてみるとこうだ。

色々あるように見えるが、自分の人生は一貫とした目的を持って動いている。一貫した目的を持ちながら動くなんてつまらなそう、と言う人もいるかもしれない。別にそう思ってくれても構わない。だって自分はこれで楽しい人生を送れているのだから。価値観や生き方なんて人それぞれだし正解なんてない。関わらなければいいじゃない。他人に口出しされて変えてみようなんて真似はしない。そんなちんけな人生送っていませんよ。
兎にも角にも、この文章をここまで(しぶとく)読んで下さっている方は、私の趣味や考えに何かしらの共感をお持ちの方なのでしょう。そんな一風変わった方々たちのためにも、私はこのサイトをよりよくしていこうと日々精進を続けている次第だ。・・・ここまで書いてきて、題名の「何を求めて歩くのか」について一切触れないまま突き進んできてしまっていた。自分の悪い癖だ。ここまで書いてしまったのなら題名を変えてしまえばいいじゃないか。と題名を改変したくもなってきているが、結局、求めているものは「レトロなもの」なのか「デザインに優れている構造物」なのか、それとも「朽ちて見事な自然との共存」なのか、それはその場所に行ってみないと分からない。空間・ものとの出会いは一期一会である。森の中で道が二手に分かれていて、どっちに進もうかなんて、直感に頼るしかない。もしかしたらもう片方の道に行った方が面白いものに出会えたかもしれない。が、それでいいのだ。人生どの道を進めば成功するかわからないように、一人旅もそういうものなのだ。まずは歩いてみて、その中で興味を引いたものがあればそこの景色を脳裏に焼きつかせ、漂う空気を肺がいっぱいになるまで吸い込み、空間の息吹を感じながらシャッターを押し、その高揚感をそのままに文章にすれば良い。
観光本に載っていない「面白い」「何か」が求めているものなのである。
作成日記
平成28年11月11日 一人旅研究会公開。HP公開。
平成28年12月1日 文字化けバグの修正。リンク先修正。
平成28年12月31日 ツイッターとの連動開始。
平成29年1月3日 フレーム撤廃、SEO対策。
平成29年1月11日 アンケート機能開始。
平成29年8月8日 トップページデザイン刷新。
平成30年8月1日 携帯電話でも見易い様にデザイン変更。
令和4年1月1日 HP引越(SEO対策・モバイルフレンドリー化、大容量・高速化)